★総合教育授業の感想文


私は、最初に「こんにちは」と挨拶をしました。すると元気のよい「こんにち は」が返って来たので、うれしくなって、「そう!おばさんは目が見えないので、 皆が声を出してくれないとここには誰もいないかと思ってしまいます。とても元 気のよい挨拶でとてもうれしいです。」と言いました。 話しの最初に「動物はどこかが悪くなってしまったら餌が取れなくなったり敵 から逃げられなくなってもうそれでおしまいと言いました。 おしまいってどういうことかわかる人?」と言うとたくさんの手が上がったよう でした。(近くにいたヘルパーさんが教えてくれました) 「おばさんは目が見えないから声出して!」といったら何人か「はい」と声を出 しました。私は右前方を指さして、「そこの男の子」と言いました。すると「死 んでしまう」と男の子は答えました。 「そうですね。動物は餌が取れなくなったり、敵から身を守れないと死んでしま いますね。でも、人間は違いますよ。たくさんの助けてくれる人がいて、私も目 が見えなくっても元気に暮らすことができるのです。」と言いました。  そして、日常生活でどんな補助具があるか持って行った音声体重計、音声体温 計、メージャー、パソコン、スピーチオなどをひとつひとつ紹介して体重計には ヘルパーさんに乗ってもらったりしました。体重計が「お乗りください」としゃ べると、笑い声が起きました。やはり、普通しゃべらないものがしゃべるのには 関心をひいたようでした。最後にグループに分かれてさわりたい人に前に来ても らったのですが、やはりパソコンには多くの子供達が集まりました。「しゃべっ てる!」と大騒ぎでした。 そのあとで、ヘルパーさんがどんなふうに介護するのか、声をかけて欲しいなど の話しをしました。それに補足して、私は白杖をかかげてSOSの出し方をやっ て見せて「こうしている人を見たら困っているので、声をかけてあげてください」 と言いました。そして、以前自分が通勤途上の人込みの中で、「すいません」と 言い続けていたら、遠くのほうから外国の女の子が駆け寄り開講一番「日本人って冷たい んですね!」と片言の日本語で言われてとても悲しい思いをした話しをしました。 「皆にはそういう日本人になって欲しくないのです。」皆シーンと聞き入ってい る様子でした。  また、ホームから落ちて電車と電車の連結部につかまって次の駅まで行ってし まったおじさんの話しをしました。「ヒャー」という叫び声がいくつか上がりま した。  最後に質問がある人に手を挙げてもらいました。 「火は使うのですか?」 「旅行には行きますか?」 「白杖はどの国でも使えますか?」 「楽しいことってあるんですか?」 「トイレはどうするんですか?」 「ご飯はどうやって食べるのですか?」 「山へは登りますか?」  色々な質問に答えながら、「人間はひとりじゃ生きていけないのです。皆もご 飯を食べるときもお米もおかずも皆他の火とが作ったり採って来たりしているで しょう?」また、旅行の質問のときは四国に行ったとき、バスから降りる際ワン マンカーの運転手さんが「ちょっと待っててください」と言うのでどうなるかと 思っていたら、私が行くところまで案内してくれたのには驚いたというエピソー ドも付け加えました。  でも子供達にとって、私はインベーダーなのかもしれません。なぜなら、「楽 しいことってあるんですか?」ですから。この質問を受けたとき内心は絶句状態 でした。でも一応ニコニコしながら、「たくさんありますよ。私も皆と同じです。 音楽を聴いたり、本を読んだり楽しいことはいっぱいありますよ。」と言いまし たがちょっとショックでした。  点字については、翌週点訳ボランティアの人がお話と指導をするとのことでし たので、あまり触れませんでしたが、もう少しテープ本について話しができれば 良かったかなとも思っています。何しろ、盲人用具を触ったり使い方を教えてい る間にザワザワしてしまって、珍しいものを見てちょっと興奮したのかもしれま せん。  またこういうチャンスがあれば出かけて行ってせめて私も同じ人間だというこ とを少しでも理解してもらいたいと思いました。何しろ子供達はまだ4年生ですか ら、10年ぐらいしか人間をしていないのでまだ何も失うことのない半生でしょう。 私も視力意外にも多くのものを失いながら、大人になりました。人間失うことで、 大きくなっていくのでしょうから、子供達はまだまだこれから様々な経験をしな がら失いながら、大きくなることでしょう。でも、ささやかな私の話が何かの折 に思い出されれば本当にうれしく思います。

山本恭子

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